色黒大阪人事が気ままにつぶやくブログ

色黒で大阪人で人事な僕がなんかつぶやきます。

「指導」の難しさ。それは果たして「指摘」ではないのか。

人事周りの話、アイドルの話と並んで僕の中でメイントピックとしてあるのが「野球」。

小学校1年生からはじめて今も時間があれば草野球に行き、週末には少年野球のコーチとしても活動したり…。

この「教える」という行為がとても難しい。

投げ方、捕り方、打ち方、走り方。

どれをとっても「変」なところはよく分かる。

「そんな投げ方じゃ怪我するよ」

「それじゃなかなか捕れないよ」

と。

でもこれはあくまで「指摘」であって「指導」ではない。

「こう取ったほうが良いよ」

とお手本を示すこと。

それですら「指導」にならないことも多い。

なぜか。

手本を示しても、「出来ない」子が多いからだ。

よくよく考えると当然だが、示した手本をすぐに出来るようになるのであれば、プロもメジャーリーガーも苦労しないだろう。

子どもならなおのことだ。

そして僕はこう思うのだ。

「指導とは、現状と理想のギャップを、相手が理解できる方法で伝えること」だと。

そのためには

  1. 現状を噛み砕いて伝えること
  2. 理想を具体的に伝えること
  3. その間にあるギャップを分かりやすく対比して伝えること
  4. ギャップを埋める手段を明示すること

の一連の流れが必要になる。

さらに難しいのは相手の中に答えがあるのか、それとも教える側が答えを握っているのかを把握しないといけないと言うところだ。

相手の中に答えがあるのであれば、それを引き出すいわゆる「コーチング」的なアプローチが必要になるし、そうでないのであれば「ティーチング」のアプローチになる。

とはいえ、「相手が答えを持っているか」が明確にわかるケースは稀であるので、白黒はっきりつけるように「コーチング」「ティーチング」どちらかに絞るのは限りなく難しい。

だから他愛ない話からこっちもコミュニケーション取りに行くし、子どもたちの話にもちゃんと耳を傾けて、相手が何を考えているのか理解できるようにする必要がある。

あと個人的にかなり意識しているところは、「子どもを、大人以上に一人の人間として扱う」こと。

自分の子ども時代を振り返ると、意外と大人の細かい態度やしぐさをちゃんと見ていたと記憶しているし、自分の甥っ子くんや今の選手たちと接していても、「よく見ているし、よく考えている」と感じることが多い。

加えて彼らの目の付け所はとてもユニークなので、むしろ仕事以上に勉強になることすらある。

「あ、今の自分はこう見えているんだな」

「この伝え方だと伝わっていないな」

とか。

本当にさまざまなことをくれるのが彼らであって、もちろん僕もコーチとして何かを伝えているのだろうけど、同じように受け取るものも多いことを考えると、彼らをきちんと「一人の人間」として扱うことがいかに大事か分かってくる。

 こう考えると

  1. 現状を噛み砕いて伝えること
  2. 理想を具体的に伝えること
  3. その間にあるギャップを分かりやすく対比して伝えること
  4. ギャップを埋める手段を明示すること

という一連のステップの前に

0.ありのままの目で現状を把握すること

というのがある気もする。

たぶんこれは仕事でも学校でも同じだろう。

相手に何かを伝える、というのは本当に難しい。

相手に対する負の感情はもちろん、プラスの感情ですら邪魔をしてしまったりする。

適切な形で「指導」するのは難しくとも、それが単なる「指摘」で終わらないように意識してやっていきたい。