色黒大阪人事が気ままにつぶやくブログ

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SNSの不謹慎動画は他人事なのか~オフレコが出来ない世の中~

ここに来てまたバカッターと言われるような、SNSでの不謹慎または不適切な動画投稿が話題になっている。
数年前にも問題になっていた記憶があり、それから断続的に話題にはあがったが、ここまで大きくなったのは久しぶりではないだろうか。

若者のリテラシーが、とかいろいろ言われるけれど、僕個人としては根幹の問題って1つだと思っていて、
発信側も受信側も「オフレコ」が通用しなくなった
のかなあと。

一連の行動はもちろん不謹慎・不適切なNG行動だというのは大前提の上で、とはいえ過去にもそういうことをやっていたようなイタい人はいたはずである。
それこそ50代のオジサマ方なんかはよく「俺の若い頃はなあ」の武勇伝で結構エグい話をしていたりするし、まあその辺は時効だったりするわけですが。

今の人たちが突然変異的に「非常識」になったというよりは、あくまでそれが露見する場が増えただけなのではないかと思っている。

 

これまでは近い仲間のうちだけで、「表では言えないけどこういうことをしちゃってさ」というのが、身内ネタとして話されていた。
それをSNSに上げるようになって、「身内ネタ」の「身内」の定義が非常に大きくなっていった。
(有名人になった瞬間に「身内」が増えるという都市伝説と近いイメージをふと今思った)

そういう意味で、発信している内容は変わらないのに、発信する場その環境の変化が昨今の炎上を生んでいると思う。

「身内」の範囲が広がったことによって、同じ内容であってもそれを問題視する人が増えた。(もちろん、本来的には問題なのだが)
先に挙げたオジサマ方の「武勇伝」ではないが、ここだけの「オフレコ」みたいなものが通用しなくなってきている。

かつてのオフレコってそれなりに関係性が深い人(親友や家族など)で話すことが前提となっていた一方で、先に挙げたように「身内」の定義が大きくなっていて、匿名を良いことにSNSだったり、あるいは実名であってもFacebookのようにある程度限られたコミュニティの中で発信をするようになったかなと。
SNSのフォロワーってオフレコ話すに値する「身内」なんでしたっけ、っていう。

なので、「人」がおかしくなったというよりは、「場所」や「環境」の変化に「人」がついていっていないというだけな話な気がしています。

かくいう僕も発信でボヤ騒ぎを起こしたりしていますが、情報の発信や受信が急激に変わったのが今のフェーズなので、他人に大きな迷惑をかけない程度のボヤは良いかなと思いつつ、一方で「オフレコ」が通用しないことは自戒の意味も込めて意識したいなと。

こういう不謹慎が起こったときに、「こいつらやべえなあ」で終わりではなく、自分の周りに置き換えたりとか、自分に起こりえないかを意識するのが大事なんじゃないかなあと思ったりする今日このごろ。