色黒大阪人事が気ままにつぶやくブログ

色黒で大阪人で人事な僕がなんかつぶやきます。

勝利至上主義をちゃんと子どもに伝えたい

僕の性格や特徴を友人に聞くと出てくるものの1つが
「超負けず嫌い」
ということ。
まさにおっしゃる通り。僕は「超負けず嫌い」だし「勝利至上主義」です。
そして僕はこの誤解されがちな「勝利至上主義」についてとても伝えたいことがあるので、今回はそんな話をします。

世間一般における勝利至上主義

「勝てばいいんだよ勝てばああああああ」

って感じでしょうか。

「どんな手を使ってもなああああ」

って感じでしょうか。

その延長で「体罰」「暴力」などと一緒に語られることが多いイメージです。
僕の尊敬する桑田真澄さんという元プロ野球選手もご自身の著書でそのような話をされていますし、そのような発言を引用して勝利至上主義はだめだ!と語られることが多いですね。
僕はこれを否定したいわけです。

僕が伝えたい勝利至上主義

僕は思うわけです。勝利至上主義って

「勝つために有効なあらゆるアプローチを行い、勝利を求めること」

だと。

「勝つ」という目的を達成するために
あらゆる方法を駆使して努力をし、成果を出すこと

だと。
これの何が悪いんでしょうか。

サラリーマンで言えば
月100万円という売り上げ目標を達成するために
色んな人脈や仕事術を使って成果を出すこと。

と何ら変わらないでしょう。それがなぜか「勝利」とか「子ども」がキーワードに入った途端否定されるんですよね。

なぜ勝利至上主義が問題になるのか

「勝つために有効なあらゆるアプローチを行い、勝利を求めること」としての勝利至上主義と「体罰」「暴力」などが同列に語られることが多いのはなぜなのでしょうか。
それはかつて体罰」「暴力」が「有効なアプローチの1つ」だと捉えられていたからにほかなりません。

「水を飲んじゃダメ」

「根性で頑張れ」

みたいな根拠のないアプローチが有効だと信じられていた時代の負の遺産です。
そういうことをすることが「勝利につながる」と信じられていたんですね。

体罰などをチラつかせれば、もしかしたら、目の前の1試合だけなら、一瞬だけならパフォーマンスが上がるかもしれませんね。
でも、それは広い目で見た時の「勝利」にはつながらないものであり、問題行為と捉えられるのです。

目的のために色んな方法を試せる子を育てたい

スポーツなら勝利やホームラン・ゴールなどの結果、勉強なら100点などの目標点、なんでもいいんですけど目標に向けて、ちゃんと努力をすることを教えたいわけです。

今って、努力することが大事、みたいな風潮ありますけど、「ちゃんと考えて努力する」ことが大事なはずです。努力したけど目標達成に至らなかったなら、何がダメだったのか、次どうすればいいのか考えて試せるようになっていかないといけない。

そういう意味で、「勝つために有効なあらゆるアプローチを行い、勝利を求めること」という文脈での勝利至上主義を僕はちゃんと伝えたいんですよね。
そこまでやり切って初めて、結果にも過程にも目を向けるだけの価値があるんですよね。


今回も思い先行型で書き始めたので、まとまりのない文章になってしまったことを反省しています(苦笑い)。
それでは、また。