色黒大阪人事が気ままにつぶやくブログ

色黒で大阪人で人事な僕がなんかつぶやきます。

give and giveで生きていく

僕の信条の一つに、give and giveで生きていく、というのがあります。
今日はそんな話を。

give and takeの違和感

そもそも、give and giveと言い始めたきっかけは、give and takeをしていて違和感を覚えたからです。
何かを与える(してあげる)ことによって、何かを得る、みたいなニュアンスでしょうか、そういうところへの違和感。

今も昔も積極的にgiveするようには意識をしているのですが、give and takeで生きていたときは「takeがないとき」に

「なんでお返ししてくれないんだろう」

みたいな不満というかモヤッと感があったりしました。

「これじゃ俺が損してるだけやん」

みたいな。

この感覚を味わったことがあるのって僕だけじゃないと思うんですよね。
で、途中で気づいたんですよね。

「これってtakeありきでgiveしているんじゃないか」

って。

take and giveになっていないか

「takeありきのgive」なのだとすれば、その思考回路って実はtakeが先にあるんじゃないか、と考えるようになりました。

要は、「何かをtake出来そうだからgiveしよう」みたいな。

それが表現される順番としてgiveが先にあるだけなのではないか、というような、そういう考えです。

つまりそれって

take and give

だよね、ということです。

そしてそうなるとそれはもはや、give(与える)というような感覚というよりも、takeするために押し付けているのではないかと思うわけです。(押し付ける、の良い英語あったら教えてくださいw)

give and giveのすすめ

そういうわけで、自分がgiveするときは何の見返りも求めない、ある意味期待しないようにしています。つまり一方的にgiveする。

このgiveってたぶん「与える」とかよりも「お節介する」というニュアンスの方が近いような気もしますね。

これのメリットって、ちゃんとした「give」だよね、というところ以外にもあって、もし何か見返りがあったときにすごくストレートに心に刺さります。「お節介」に対して、お礼を返してくれる、これほどありがたいことはありません。

そういう意味では、

give and given

ということもできるかもしれません。

take(取る)のではなくgiven(与えられる)ということですね。

takeという自分が主体なのではなく、givenつまり自分は客体で相手が主体に置く。ということの方が気持ちのいいものでしょう。

今日は少し短いですが、ふと思うことがあったので勢いで書いてみました。
それではまた。